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平成13年1月20日


警察庁交通局運転免許課
課長 田村 正博 殿

社団法人 日本精神神経学会
理事長 佐藤 光源

道路交通法改正試案に対する意見と
平成12年11月16日付 精神病者に係る運転免許の欠格事由についての照会事項
への回答

I.日本精神神経学会の基本的立場
 障害者の社会参加を保障し、差別をなくす観点より、欠格条項は出来る限り廃止する必要があり、障害名や病名により一律に欠格とするのでなく、欠格・制限等の厳密な規定の改正、絶対的欠格から相対的欠格への改正、障害者をあらわす規定から障害者を特定しない規定への改正、資格・免許の回復規定の明確化が必要と考えます。とりわけ特定された病名に基づいて免許の交付を制限するべきではありません。道路交通法改正試案の(2)(1)にみられる「現行の運転免許試験に合格すれば、すべて免許を与えること」という原則を支持し、(2)(2)に述べられている「運転免許試験に合格した者がてんかん、精神分裂病等にかかっている者である場合には、道路交通の安全の観点から、政令の基準に従い、原則として、免許を拒否すること」は認められません。

II.照会に対する回答及び道路交通法改正試案に対する意見の説明

3 症状が重症であるか、軽症であるかを問わず、自動車等の運転にまったく障害がないと医学的に判断される病気(病名)はあるのか。あるとされる 場合、具体的な病名及び支障がないとされる理由を伺いたい。

(回答)病名のみによって、自動車等の運転にまったく障害がないと判断できる病気はありません。これが先に述べた学会の改正試案に対する意見の基本的な根拠となっています。

1 一般に精神病は、精神分裂病、躁うつ病等に分類されると承知しているが、具体的な分類(範囲)についてご教示願いたい。重症の精神障害を精神病と呼び、程度の軽いものを神経症などとして精神病から除く立場のあると承知しているが、どのような分類が最も正確と考えられているのか貴学会のご意見を伺いたい。

(回答)WHO「国際疾病分類第10版(ICD-10)」の精神疾病分類に準拠することが妥当と考えます。「精神病」という用語も同様です。重度は、たとえ ば米国精神医学会「精神障害の診断・統計マニュアル第4版(DSM-W)GAF尺度を参考とした精神科医の診断が有用と考えます。

(解説)現在、疾病分類として、国際的に標準化され用いられているものは、WHO(世界保健機構)の作成した、ICD-10(国際疾病分類 第10版 1990年) である。精神疾患の領域については、ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders(ICD-10精神及び行動の障害)にて疾病分類が なされている。厚生省管轄機関での疾病分類は、もっぱら同分類に準拠して統計がとられており、また1993年時の精神保健福祉法改正時における衆参両院の厚生委員会での付帯決議で「精神障害者の定義については、国際的な疾病分類に準拠したものである事を周知徹底するともに引き続き検討を行うこと」とある。以上より精神疾患の分類はICD-10に準拠することが妥当と考える。

ICD-10の疾病分類では、精神疾患(精神及び行動の障害)について、F0からF9までの10の大分類があり、更にそのそれぞれが小分類される形式となっている。以下に10の大分類を示す。
 F0 症状性を含む器質性精神障害
 F1 精神作用物質使用による精神および行動の障害
 F2 精神分裂病、分裂病型障害および妄想性障害
 F3 気分[感情]障害
 F4 神経症性障害、ストレス関連障害および身体表現性障害
 F5 生理的障害および身体的要因に関連した行動症候群
 F6 成人の人格および行動の障害
 F7 精神遅滞
 F8 心理的発達の障害
 F9 小児<児童>期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害

 なおICD-9(1975年承認、1978年出版)からICD-10(1990年承認、1992年 出版)に改訂される時に、ICD-9にはみられていた神経症(neurosis)と精 神病(psychosis)との伝統的区別(ICD-9までは概念を明確に区別しないまま意図的に残されてきた)は、採用されなかった。「精神病性 (psychosis)」という用語は、記述上に便利な用語として残されたが、精神力動的なメカニズムとは関わりなく、単に幻覚や妄想あるいは極端な興奮や過活動、顕著な精神運動制止、緊張病性行動などを示唆するにすぎない。
またこれらの疾患分類は重症度によって類型化している訳ではない事を付け加えておく。
 以上、ICD-10精神および行動の障害のF0からF9のうち、精神分裂病のみを欠格事由としてとりあげる根拠はない。

2 「大半の精神病は治療によって回復し、「回復期にある場合」は運転に支障はない(したがって、事故を起こした場合、その事を理由に刑が減免される事はない)から、回復期にある者を含めて精神病者として運転免許を与えない事としているのは、医学的に不当である」、またその一方で、例えば精神分裂病で「回復期にない場合」や「薬物療法により副作用が認められる場合」には運転に支障があるというご意見を頂いたと承知していますが、精神病が「回復期にある」とは、具体的にどのような場合をいうのかその定義について貴学会のご意見を伺いたい。また「回復期にある場合」と「寛解した場合」とは医学的に同一の概念か。異なるとされる場合、両者の具体的な相違点についてご意見を伺いたい。

 *寛解にも様々な状態があり、「障害を残さないものから、不完全なものまで残遺の状態に大きな差がある」との見解があることも承知しており、こ の点についても貴学会としてのご意見を伺いたい。

(回答)急性期の激しい症状がおさまって全般的な社会生活機能を取り戻した状態を回復期と呼びます。精神疾患は一般的に慢性疾患であるため、症状が消失或いは減弱しても治癒という用語を用いることは少なく、一般的に寛解、部分寛解という用語を用いることが多かったのは事実です。しかし寛解、部分寛解についての国際的に明確な定義があるわけでなく、むしろ慣行として用いられている用語です。欧米では症状の寛解ではなく、社会生活機能の回復を重視して、寛解の代わりに回復という用語を一般に使用しています。


4 我が国には、英国でみられるような運転免許当局と医療部門が共同して作成した運転に必要な適性についての医学的ガイドラインは存在しないが、当庁がそのようなガイドラインを作成しようとする場合においては、精神病の部分等について貴学会にご協力をいただく事は可能か。可能とされる場合、一般的にこのようなガイドラインを作成するにはどの程度の期間が必要か貴学会の意見を伺いたい。

(回答)特別の研究班で数年を要します。

(解説)身体機能と精神機能について、科学的に評価して運転適性を検討する為には、運転適性についての医学的ガイドラインの作成が必要である。その場合、過去の具体的事故記録についての医学的検討や研究デザインを立てた上での事例蓄積などが必要であり、精神疾患のみを取上げるのでなく、 WHOの疾病分類等に準拠した、疾病全体を扱った医学的ガイドラインとする必要がある。
 現在にいたるまで、我が国においては、運転免許当局と医学界と法曹界とが、十分な議論の上でのガイドライン等の作成を行ったことがなく、画期的 なことであると考える。
 日本精神神経学会として、医学ガイドライン作成の為に協力する事は可能である。医学ガイドライン作成の手順としては、まずは疫学研究の後に、各 専門分野ごと(精神科を含む)の検討が必要であり、ガイドラインの適用については、司法・医学・運転免許当局等からなる評価委員会を設け、個別検 討する必要がある。
 なおガイドライン作成の為には、数年を要し、作成後も、医学の進歩やテクノロジーの進歩に鑑み、数年毎の改訂が必要となると考える。

 最後に、運転免許に関するEC指令(Directive91/439/EEC)、イギリスにおける医学的運転適正の疾患別ガイドライン、カナダ医学会の作成した運転 適正についての医学的ガイドライン、オーストラリア医学会作成の運転適正に関する医学的ガイドラインなど、諸外国の医学ガイドラインにおいて特定 の精神疾患の病名が欠格事由とされていないことを付け加えておく。

以上

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